世襲制で「やりたいことがわからない」がなくなる

選択の自由はすべての人に有利なわけではないことがあります。生まれた家によって自分の仕事が決まっていく世襲制は前時代的なものと考えられていますが、それなりのメリットも存在するのではないかと思います。

もし自分がどの職業につくかが家業として決まっているのならば「やりたいことがわからない」という悩みは少なくなるはずです。今の時代を生きる多くの人が自分が何をやりたいかわからずに悩み、そして悩んだままゆっくり人生が終わっていくという状況があります。

元々決まっているのならば一つ悩みが消えて別のことに力を注ぐことができるので、それはそれでラクなのかもしれないと思います。

問題なのは「やりたいことがわからない」、もっと抽象的にいうと「なりたい自分になれない」という根本にある精神構造なのではないかと思います。理想と現実のギャップに悩むということは、仮にやりたいことが見つかったとしても今度は別の面を見て理想と現実のギャップにまた悩むことになります。

時代を変える政治家、才能のある芸術化など何かの能力の長けている人は世襲制よりも自由選択の方がよいのかもしれません。自分で道を切り拓いていくキャパシティがあるからです。ごく普通の人ははじめから仕事を与えられていた方がストレスの原因を一つ減らすことができるような気がします。

猛烈に世襲制を支持するわけでもありませんが、どれだけシステムが変わっても理想と現実のギャップにどう向き合っていくかが根本的な悩みの原因なのではないかと思います。