勉強としつけだけが教育ではない

教育という言葉を聞くとまず学校で勉強をするということを連想するかもしれません。教育が学習とイコールで結ばれていることは、時に大人が教育に口出しをしにくくして参加するハードルを上げてしまうことがあると考えています。

もしくは、生活習慣や社会性など悪いところを矯正される、しつけのことを教育と呼ぶこともあります。私を含めそのような学校教育を受けてきた人間は、自分の経験を元に教育を語りたがります。

そうではなく、教育はもっと自由で多様な方法論があるものだと思います。

たとえばペーパーテストをしなくてもいいですし、自然の中で散策するだけでも教育プログラムと呼んでいいのです。

学習をして数値化するのが教育の成果だということが、暗黙の了解になってしまっている、もしくは大人がその指標以外に教育を評価する方法を持たないというのは非常に大きな損失だと考えています。

勉強としつけ以外にも、人間としての幸福度を高めるという教育の重要な役割があります。教育の目的を、将来自立して生きていけるようになること、幸福感をもって生きていけることと考えるのは、ほとんどすべての人の共通認識なのではないでしょうか。