主体性という名の押し付け

教育に関連して主体性という言葉がだいぶ定着してきました。その一方、この言葉が浸透するにつれ主体性という言葉だけが一人歩きして、主体性とは名ばかりの他人からの押し付けのような考え方も見られるようになりました。

主体性と言うのは自分の軸を持って考える、あるいは行動するということです。混同しやすいのが積極性との違いです。

主体性はとにかく積極的にやることとはまた別の話です。もっと積極的にやれというようなニュアンスの押し付けになっているような場面があります。

主体性を引き出すというのであれば、本人が決めたことには口出しをするべきではありません。例えば本人の意思で指示待ちの姿勢をしているのであれば、それは本人の主体性を尊重すべきであって、もっと積極的にやれということは言えません。積極的にやらせるのは主体性の尊重ではなく積極性の押し付けだということになります。

ですから本当の意味での主体性を尊重するのであれば、たとえ相手が指示待ちの姿勢をしているとしてもそれを認めて承認してあげることが必要です。

大切なのは主体性という言葉やフレームワークに流されるのではなく、個別に対応することなのではないかと考えています。