出題ミスの責任

テストに出題ミスがあったとか、悪問だとかいうテスト制作者への批判はどんなテストにもつきものです。

平成31年度の青森県高校入試においても出題ミスに関するいざこざがありました。

テストの問題は絶対にミスのないものでなければならないとか教育委員会は責任を取れといったような批判は、枝葉の細かいことでどこかこっけいなものでもあります。

制作者と受験者が敵対的な関係にある今のようなテストにおいては、制作者は多くの労力を割いていかに精密な問題を作成するかに力をいれなければなりません。それは制作者が絶対的な正しさをもっているという前提のもとでのみ成り立ちます。

もっと大局的に見れば、出題ミスをなくそうという努力ではなく、一点刻みの前時代的ペーパーテストにこだわること自体を変えるべきなのではないかと思います。

現代の知に絶対的な正解はありません。制作者と受験者が知識をお互いに構築していく対話的・協働的なテストの方が近代的なものといえます。

たとえば小論文のような形式のテストでも、一回採点したら終わりではなく、返却後さらに議論をすることができると面白いと思います。出題者側が想定しない考えが書かれてきたら逆に回答者に質問して理解を深めたりできたら良いなと思います。

人口が減りコンピュータにできる仕事が増えた今こそ人間の労力をかけた柔軟なテストを実施するべきではないかと考えています。