クレイジー・ラブ
今日は井上陽水の『クレイジー・ラブ』を聴いていました。これはフィンランドファンにとってバイブル的な映画、かもめ食堂のエンディングテーマです。
その中で気になったフレーズがありました。
私 ひとりが幸福を
胸に飾るだけなの
直観的にすごく共感しました。
どう解釈するか
解釈に正解はありませんが、幸福に対する心の在り方を描いた言葉ではないかと思いました。
まず「胸に飾る」というのは、幸福を非常に物質的なモノとして扱っています。さらに「だけ」という言葉で虚しさが伝わってきます。
自分が幸福であればそれでいいと思うのに何か物足りない、幸福なはずなのに幸福でないという感傷がにじんできます。
相手のあること
これはたとえばお金も同じことで、たくさんお金を持っているということは思ったよりも幸福感を得られないものです。
なぜなら、お金は相手がいてはじめて価値があるものであって、自分が独占して金庫にしまっておいてもただの紙切れだということです。
所有することでは幸福感を得られないというセンチメンタリズムを「幸福を胸に飾るだけ」という言葉で表現しているのかもしれません。
相手の役に立っていたり、存在を承認してもらえたりすることが無ければ幸福感を得ることは難しいのかもしれません。